意思決定支援のためのアプローチと試行錯誤

  • 意思決定支援のためのアプローチと試行錯誤

令和2年10月30日、最高裁判所、厚生労働省および専門職団体により立ち上げられた意思決定支援ワーキング・グループによる「意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン」が公表された。

これによると、意思決定支援とは、特定の行為に関し本人の判断能力に課題のある局面において、本人に必要な情報を提供し、本人の意思や考えを引き出すなど、成年後見人等を含めた本人にかかわる支援者らによって行われる、本人が自らの価値観や選好に基づく意思決定をするための活動である、とされる。

本人の重要な意思決定に関して、意思決定支援チームの編成や本人を交えたミーティングを開催し、本人がとり得る選択肢をわかりやすく示す等の方法により意思形成支援を行い、そして他者の不当な影響が及ばない状態において、本人自らの意思を表明できるように支援することが求められる。

成年後見人等は本人を中心とするチーム全体として意思決定支援のプロセスを展開できるようにチェックする役割を担っている。ただし、ときには意思決定や意思確認が困難とみられる局面や、本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生じる場合等には、成年後見人等による代行決定を行う場面に直面することもある。このような場合でも意思決定支援チームによる本人の意思決定や、本人にとって自由の制限がより少ないほうを選択するなどの検討は必要である。

もっとも、後見業務の現場においては、本人自身の意思や考えは当然ながら揺れ動くことがあり、成年後見人等としては、複数回ミーティングを開催するなど、工夫を凝らしながら意思決定支援をしていくことになる。

本事例は、筆者が本人の揺れ動く気持ちに寄り添いながら、本人を取り巻くチームをうまく活用し、本人の意思決定支援を行っていること、また、本人が表明した意思を実現すると本人にとって見過ごすことができない重大な影響が生じてしまうため、本人にとっての最善の利益に基づく代行決定を行う判断に至った事例である。

いずれの事例も筆者が悩み自問自答しながら判断したことがうかがえる。後見業務を行う者にとって、共感する内容であり、大いに参考になる事例であろう。

なお、ガイドラインには各検討プロセスにおけるアセスメントシートおよびその記入例も添付されていることから、そちらも参考にされたい。

(司法書士 山﨑 順子・やまさき じゅんこ)

 

意思決定支援のためのアプローチと試行錯誤

司法書士 梅垣 晃一

 

はじめに

近時、成年後見業務における「意思決定支援」という言葉をよく耳にするようになった。できる限り本人の意思を尊重すること。そのために、判断能力に障がいを抱える本人が、真に自分の意思で判断ができるように、事前に十分な情報提供を行うこと、判断(選好)を行いやすい環境を整えること、そして内に秘めた意思や考えを表示することを支援すること。イメージとしては理解しやすく、また、「自己決定の尊重」という後見制度の理念からして当然で明確なことであろうと思う。

しかし、成年後見人、保佐人、補助人(以下、「成年後見人等」という)としての実務においては、本人を前にして、どのように支援したらよいのか、具体的で明確な答えを導き出すことは難しい。

ほとんどの成年後見人等が、現実的、社会的な障壁や揺れ動く本人の意思を前にして、本当にこれでよいのかと自問自答しながら、他の支援者とともに試行錯誤を繰り返しているのが日常であろうと思う。

本稿では、筆者が、揺れ動く本人の意思と向き合うこととなった二つの事例―――一つは、財産管理方法に関する意思決定を支援した事例、もう一つは、本人の自宅の片づけに関する代行決定に至った事例―――を紹介し、意思決定支援の実際について考えてみたい。

 

1.【事例1】知人に財産を贈与しようとする被補助人の事例

(1)概要

本事例は、地域包括支援センターの援助を受けて本人申立てがなされた一人暮らしの認知症高齢者の女性(Aさん)について、筆者が補助人に就任した事例である。就任の当初、代理権の内容は、預貯金の管理や定期的な収入支出の管理であり、同意権の内容は、贈与契約や5万円以上の商品の購入契約となっていた。

就任時に家庭裁判所で閲覧した申立資料によると、Aさんは、近時、自宅を売却して高齢者専用賃貸住宅に住むこととなったが、一定の預金を得たために、若いときから好きであったブラックダイヤモンドのネックレスなどの宝石類を次々に購入するなどしていた。認知症による判断能力の低下が原因で、現在の経済状況に見合わない買物を続けていると思われたため、ケアマネージャーとして関与していた地域包括支援センターが、今後の生活支援、介護・福祉契約の手配の支援のために、本人申立てにより、成年後見制度の利用を進めた事例である。

 

(2)本人Aさんとの面会

就任後間もなく、Aさんの居宅を訪れ面会する運びとなったが、物腰がやわらかく、また、身に着けている服装や日用品は質素な感じであり、とても高額な宝石類を次々に購入するようには思われなかった。

ただ、同席した地域包括支援センターの職員に促されると、宝石類の入っている木箱をいくつか取り出し、中身の宝石類を見せてもらうことができた。それぞれの木箱の裏側には、「これは、〇月〇日に当店で購入した商品です。〇万円で購入しました。お友だちにあげてはいけません」とのメモが糊づけされていた。Aさんに尋ねると、宝石店の主人が、せっかく購入した宝石を友人に贈与してしまうというAさんの行動をみかねて、他人に贈与しないように注意書きを貼ってくれているのだという。

そこで、友人に宝石類をあげてしまった理由を尋ねると、「いっしょにお店をやってきた古い付き合いだから」との回答であった。Aさんの夫は2年前に亡くなっているが、生前は長年にわたり繁華街で飲食店を経営しており、羽振りもよかったようである。贈与した相手は、その亡夫の下で何十年も支えてくれた部下だという。とすると、誰かに騙されて宝石類を贈与したわけでもなく、贈与はAさんの意思に基づくものといえそうである。ただ、夫の死後に飲食店の経営は他人の手にわたっており、現在のAさんの収入は年金のみであること、自宅の売却により預金は増えたが、すでにその半分以上を消費しており、今後の生活を考えると高額な宝石類をこれ以上購入したり、贈与をしたりすることは難しい。

そのため、この事実を補助人からあらためて説明すると、Aさんは納得して、「これ以上は友だちにあげなくてよいと思う。宝石はもう要らない」と発言があり、一件落着になるかと思われた。

 

(3)補助人の関与のあり方

最初の面会時に、今後の補助人の関与のあり方についても話合いをもった。補助人に財産管理に関する代理権が付与されているからといって、その代理権を全部行使する必然性はなく、本人の能力や希望、おかれている環境に応じて、補助人が代理権を行使する範囲を柔軟に考えればよいと筆者は考えている。たとえば、補助人が管理する預金と、本人が管理を続ける預金や収入を区分することなどはよくある。

本事例では、Aさんの認知症による判断能力の低下が原因の浪費行為が起因となって申立てがなされたものの、補助人が面会をした結果、これまでのような贈与や宝石の購入をやめる意思を示しているし、入居する高齢者専用賃貸住宅の家賃の支払いや、日用品の購入もAさん自身でできていた。そこで、高額な定期預金の入っている預金通帳は補助人が預かるものとしつつ、年金収入の振り込まれる他の金融機関の預金通帳やキャッシュカードは、引き続きAさん自身が管理をするものとして、様子をみることとした。

 

(4)反復する課題

ただ、Aさんの記憶が続かず、その意思が揺れ動くことにより、筆者は対応に悩まされることとなった。Aさんは、繁華街にあった夫の店の周囲に詳しく、また、馴染みの店や友人も多い。現在の自宅である高齢者専用賃貸住宅は、その繁華街からは少し離れたところにあったが、バスに乗れば10分ほどで着くことができる。また、繁華街からの帰りのバスを探すのはAさんにとって難しい様子であったが、馴染みの店や友人に尋ねたり、タクシーに電話したりして帰宅することができた。

Aさんが繁華街に辿り着くと、昔の記憶が鮮明になり、夫が店を経営していた当時の豪快なお金の使い方がよみがえってくるようである。そうなると、「もう宝石はいらない」とか「友だちにあげない」などと約束した記憶は吹き飛んでおり、ATMに行ってキャッシュカードで預金をおろしては、宝石類を購入したり、あるいは、デパートの地下で、食べきれないほどの食材やお酒を購入したりしたのであった。

補助人が様子をみるために3週間後にあらためて面会をした際には、すでに預金から30万円の引出しが3回されており、みかけからは予想できないお金の使い方に驚愕するばかりであった。幸い、最後の1回の引出しはその前日にしたものであり、現金が手もとに残っていたため、筆者が預かるようにして、そこから今後の家賃等の支払い等に充てることで了承してもらった。

Aさんに尋ねると、「イヤリングは安いのを一つ買ったわ。それだけよ。ほかには、何に使ったかしらねぇ」と言うばかりであまり覚えていないので、財布やカバンの中のレシートを探させてもらうと、今回の買物は、宝石類1点2万円のほか、デパートの地下で購入した高額のお酒類が合わせて30万円ほどになっていた。

イヤリングについては、Aさんはもっと高額なものを購入したかったようであるが、店主に諭され、比較的に安価なものを1点だけ購入するにとどまったようである。お酒のことをAさんに聞いてみると、いっしょに繁華街に遊びに行った昔からの「お友だち」が、お酒が大好きであったため、馴染みのデパートで何本もの高額なワインを購入してその友だちにあげてしまったという。

 

(5)本人への説明、支援者によるミーティングの提案

筆者は、豪快なお金の使いっぷりに驚愕しながらも、ただ、Aさんの価値観やプライドを傷つけぬよう、言葉を選びながらAさんへの説明を試みた。

「私だって、たくさんお金があったら、いろいろ買ってみたい。でもね、計算してみましょう。この2週間に60万円を使うとすると、1ヶ月でいくらかかると思いますか。そして、1年だったら。そして、いま、あなたの通帳には、いくら残っていると思いますか」。

Aさんは、日常会話は明瞭で、上述のようにバスやタクシーの乗り降りやデパートでの買物などの社会活動もできるのであったが、こうした計算がまるでできない様子であった。認知症の影響もあるであろうし、若い頃からお金の勘定や貴重品の管理を夫に任せきりにしていた影響もあるのであろう。

「このままお金を使い続けていくと、家賃が払えなくなって、ここに住み続けることができなくなりそうです。そうなると困りますよね。そこで、今度、お友だちや、地域包括の人、ここの1階の看護師さんもお呼びして、みんなで話合いをしたいと思うのですが、よいですか」と筆者は尋ねた。

Aさんは、そんなにおおごとにしなくても、という様子であったが、補助人としては一刻を争うと思われたので、1週間後の週末の日を定めて、最も仲がよいという友人、ケアマネージャーとなっている地域包括支援センターの職員、高齢者専用賃貸住宅に常駐する看護師にAさんの部屋に集まってもらい、話合いをもつことにした。

 

(6)チーム・ミーティング

翌週末のミーティングの当日、まずは補助人から、最近のAさんの浪費行為などの問題点や、財産の概況など説明した。Aさんは補助人の説明を聞いても即座には理解できていない様子であったので、通帳に記載されている最近の入出金を一つひとつ目で追って確認してもらい、お金が減っていること、そして、それでは問題であることを認識してもらった。

そうすると、途端にAさんは落胆し、Aさんの口からは、「先生、どうしたらよいのでしょうか。私、貧乏になってしまうのかしら」という言葉が発せられた。

Aさんにも課題が共有されたところで、これからの生活をどのように過ごしていけばよいか話合いをする土台ができた。そこで本当は、Aさん自身に考えてもらい、集まった支援者と会話しながら判断をする時間をもってもらいたかったのであるが、同席をお願いしていたAさんが一番信頼している友人から、間髪を入れず、「もう、あんたは先生にあずかってもらいなさい。お金を使いすぎる」と諭された。

Aさんはまだ納得していない様子であり、「こんな歳になって、みじめな思いをするなんて」と嘆き、「自分でお金が使えなくなるなら、死んだほうがまし」とまで落ち込んでしまった。

そこで筆者は、「私が補助人になったのは、あなたから財産を取り上げるわけでも、あなたが自由に生活するのをやめさせるためでもないのです。ただ、お金が全部なくなってしまうと、余計にみじめな気持ちになってしまいますよね。だから、もし、またお金を使い過ぎたときには、使いすぎですよ、と忠告しようと思います。それから、Aさんは、お金が少なくなっていることを忘れてしまうときがあるみたいですし、キャッシュカードがあるとたくさん引き出してしまうみたいです。そこで、これからは、私が定期的にお金を引き出してきて、Aさんにお届けする形にするのはどうでしょうか」。

そのように説明すると、Aさんは状況が理解できた様子で、「そういうやり方をすれば、みじめな思いをしなくてよいというなら、そのほうがよいわ」納得してくれた。また、このような形で補助人がかかわっていることを、このミーティングに出席したメンバーが共有することにより、以後、Aさんの財産の浪費が起きにくくなる環境を構築していった。最後に、Aさんが今日のことを覚えていられるように、部屋の一番わかりやすいところに、大きな文字で張り紙をしてみた。

「買物等の生活費は毎月5万円まで。毎月最初の日曜日に梅垣がもって来ます。大きなお金と通帳は、金庫で大切に預かっています。不安なことがあったら、いつでも、電話してください。090-〇〇〇〇-〇〇〇〇」。

 

(7)記憶の保持の課題

記憶の保持が難しいAさんの特性から、こうした話合いをしただけでは、もちろん即時には課題は解決しない。最初の数カ月くらいは、「私の通帳はどこかしら。盗まれたのでは」という問合せが、友人や、ときには最寄りの交番などにも寄せられた。そのたびに、補助人としては、Aさんに電話や面会をして、繰り返し説明を行った。また、Aさんにかかわる周囲の方にも少しずつ認識を共有してもらい、Aさんが不安になったときには、周りの人からも説明をしてもらえるようになった。このような反復の末、Aさんの不安は少しずつ解消していった様子であった。

 

(8)新たな課題は次々に

その後も、加齢による体力の低下に伴い、介護施設への入所が検討され始めたところ、「施設には絶対に入りたくない」と言うAさんの希望と現実的な介護の必要との葛藤で、課題は次々に生じた。

そのたびに、まずは、必要な情報を提供し(たとえば、施設見学のほか、試しにショートステイをしてみる等)、Aさんにいくつかの選択肢の比較検討や選好の余地を残して意思の形成を支援し、ときには友人等を含めた話合いの場をもってAさんの判断をゆっくりと待った。

ただし、人の気持ちは揺れ動くのは当然なので、一度決めたことでも覆ってしまうことも頻繁である。成年後見人等には、それは当然のこととして受け止める度量が必要である。

ただ、一度、Aさんを取り巻く関係者でチームを築いて課題を共有し、また、補助人との間である程度の信頼関係ができていれば、その後の対処は比較的容易である。重要な課題はこれからも次々に起きることとなるが、それを一つひとつ、Aさんの揺れ動く気持ちと向き合いながら、他の支援者とともにいっしょに考えていけばよい。それだけである。

 

2.【事例2】自宅の片づけを拒否する被保佐人の事例

(1)概要

本事例は、本人(Bさん)の入院先の医療機関の紹介により、疎遠となっていた親族により申立てがなされ、筆者が保佐人に就任した事例である。Bさんは心臓の病気を罹患して1年ほど入院している高齢の男性で、認知症も発症しているが、認知症については病識が全くない。

病気のために外出が困難であり、入院費の支払いのほか、預貯金管理、年金、各種助成金の支給申請などの財産管理が必要であったところ、かねてより主治医ほか数名の者しか信用せず、他人の関与を受けつけない性格であったため、支援が難しい方であった。また、入院前は一人暮らしが長かったが、地域の方ともほとんど交流がなかったという。

今般、その信頼している主治医や看護師の説得もあり、成年後見制度の利用につながったものであるが、選任審判にかかる調査官面接の際に、代理権の付与については、「俺のことは、ほっといてほしい」と突き放すような態度がとられたたため、保佐人に対する代理権付与には至らなかった。なお、就任時に家庭裁判所から受けた事務連絡には、「事務遂行上必要な代理権の付与については、本人との信頼関係を構築のうえ、後日、改めて申立てを検討ください」とあった。

 

(2)自宅の片づけという課題

筆者は、代理権のない保佐人に就任したわけであるが、就任後間もなく、自宅とその周囲の片づけという課題が立ちはだかった。留守宅となっているBさんの自宅を訪問すると、周囲がやぶに囲まれ、道路にまで草木が伸び放題で、一体どこに家の入口があるのかさえわからない状態であった。なんとか草払いをしながら木造の家屋に辿り着くと、壊れた自転車や傘、車のタイヤなどのガラクタ類、台所の用品、弁当ガラなどが山のように積み重なっていた。

まずは、家のまわりの草木の伐採についてはBさんの了解を得て、道路に伸びた草木を切り、また、家の中への動線を確保できる程度に、周囲の草払いも行った。

すると、その直後、近所の方から保佐人の事務所に連絡があり、見苦しいので、家の周りのゴミを全部片づけてほしい、秋冬になると木の枝の葉が隣接宅の屋根に積もるので、この際全部伐採してほしい、とのことであった。

 

(3)キーパーソンによる説得など

当然、これらのことも一つずつBさんに意向を尋ねていくことになるが、頻繁に入院先を訪れて尋ねたことで気を害したのか、Bさんからは、「もう来ないでほしい。俺のことはほっといてほしい」と言うようになり、直接の話合いが難しくなってしまった。

自宅の写真を撮影し、看護師を通じて見てもらい説得を試みたが、それでも聞く耳をもたなかった。頑なBさんを筆者からも説得しようとして、家の周囲や床下に詰め込まれているごみ袋が異臭を放っているので、せめて、それだけでも処分させてほしいと直談判をお願いしたところ、Bさんからは会う気はないとして取り合ってもらえず、最後には、「あの男は好かんなあ」と突き放されてしまう次第であった。しばらく様子をみるほかない、とこの件の対応はいったん保留することにした。

 

(4)信頼関係の構築に向けて

まずは、保佐人とBさんとの信頼関係の構築が何よりも大切と考え、定期的な面会は、月に一度の入院費等の支払いのときだけに限り、ただし、できるかぎりキーパーソンとなる入院先の看護師や主治医にも同席してもらって事務の報告などを行った。

こうして少しずつ信頼関係を構築して、保佐業務における課題を解決する糸口を探っていくつもりであった。

しかし、季節が夏に向かっている時期で、自宅のゴミの異臭が強くなるのではと、気がきでない日々が続いた。案の定、1カ月もしないうちに、民生委員を通じて市役所に苦情が届き始めるようになり、早急な対応を迫られることとなった。

Bさんに状況を説明し、ゴミの処分について同意を求めたが、「あんな奴らほっとけばよい」などと言って、同意は得られなかった。

また、筆者は保佐人であり、Bさんの身上保護に関する善管注意義務を負っている者として、不衛生な状態に陥っている自宅のゴミの処分や廃棄をしてもやむを得ないと思ったが、財産管理の代理権がないという問題もあった。

天を仰いで、はたしてどうしたものだろうかと悩んだ。腹を括って、保佐人の独断で処分をして、あとの責任をとるほかないのかなと思いつつ、すがる思いで、管轄する家庭裁判所にこれまでの経緯の説明と相談に行った。

 

(5)後見類型への変更申立て

家庭裁判所に相談すると、意外な回答が返ってきた。他者の介入を拒否し、写真等提示をしても了解を得られないのであれば、もはや、Bさんの状態が「保佐」類型ではなく「後見」類型に相当しているのかもしれない。主治医も同じ意見なのであれば、保佐人として後見類型への変更申立てが可能であり、そうしたほうが今後の事務遂行のうえで便宜なのではないか、とのことであった。

就任して間もない時期での後見開始の申立て(類型変更)については、少し躊躇するものがあったが、内心、家庭裁判所の言葉に救われたような気持ちになったのも事実であった。筆者は、すぐに主治医にこれまでの経緯の説明を行い、あらためて医療的な診断を行ってもらって、後見相当の診断書を受け取るに至った。その後、数週間ほどで、本件は後見類型へ変更がなされた。

 

(6)成年後見人としての代行決定、ゴミの処分

後見類型に移行すると、もはや法的な意味での代理権の問題は生じないものの、ゴミの処分についてはBさんの同意がなく、また、Bさんの「あんな奴らほっとけばよい」という気持ちに反する処分行為(代行決定)となるため、控えめな行動になる。せめて「ゴミであるのか」の判断は、Bさんに行ってもらいたかったが、主治医の判断により、Bさんの外出は許されず、結局、Bさんに現場の確認をしてもらうことはできなかった。

筆者は、市役所や地域住民から要請を受けるような不衛生な自宅の状態の改善を図りながらも、他方において、Bさんにとって、大切にしていた物を処分されない、あるいは他人に介入されたくないという気持ちをできる限り害せず、不利益を与えないように最大限配慮して行動することとした。

そこで、現場の写真をできる限り残して現況を保存しつつ、業者に依頼もして、手間をかけて一つひとつの物の区別と判断をしながら片づけを進めていった。①自宅の周囲や床下において、ゴミ袋と思われるものにBさんが詰め込んでいるようなものは、Bさんがゴミと認識していたものと推定して廃棄し、②そのほか、食品類などの腐敗が進むものは廃棄せざるを得ず、他方において、③衣類や家財道具等は、自宅内で雑然と放置されているものを含めて、Bさんが保管や使用する趣旨であると推定して、状態がよくなくても、できる限り保存しておくこととした。④自宅の外に置いてある用途のわからない大量のガラクタ類は、判断がつかないため、見苦しくない程度に整理のみを行った。

ちょうど盛夏の頃で、この作業は、蒸し暑い留守宅の内外で延々と行う必要があり、とても骨が折れた。しかし、なかにはBさんにとって大切なものが含まれているかもしれず、漫然と進めることはできない。

 

(7)意思決定支援と代行決定のはざま

振り返ってみると、保佐人として代理権が付与されていない状態で関与をはじめ、当初はBさんの同意を得ながら課題の解決を進めたが、それがうまくいかなくなったところで後見類型への変更を申立て、成年後見人による代行決定という形で課題に対応したものである。そこに一抹の罪悪感がないといえば嘘になる。

罪悪感の理由は、「俺のことはほっといてほしい」、「あんな奴らほっとけばよい」とするBさんの明示された意思や気持ちに反するような事務を進めたからである。ただし、このように、本人の明示された意思や気持ちを反しても、代行決定により事務を進めるべきか否かという究極的な課題に遭遇することは、成年後見人等の事務においては日常的であると筆者は感じている。

 

おわりに

本稿では、筆者が揺れ動く本人の意思と向き合い、試行錯誤し、葛藤した二つの事例を紹介した。今振り返ってみると、本人を取り囲む支援者ともっと連携ができたのではないか、あるいは、より丁寧に本人の意思と向き合うことができたのではないかと反省する点もあり、決して模範的なものではなかったと思うが、成年後見人等が多く直面している葛藤の一場面として参考になれば幸いである。

(うめがき・こういち)

 

本稿は、複数の事例を組み合わせるなどして資料としたものであり、実際の事例とは異なります。

実践 成年後見 No.92/2021.05 掲載

【掲載者】 梅垣 晃一・山﨑 順子