法エールVol.17

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ご挨拶

先般、第126回直木賞作家の山本一力(やまもといちりき)さんの話を聞いてきました。1948年生まれの山本さんは、46歳の時、事業に失敗し多額の借金をしてしまいました。破産の申立てをすることも勧められたそうですが、借入先に友人・知人が多く、その人たちに迷惑はかけられないと、「小説を書いて借金を返済していこう」と決意され作家になったということでした。その山本さんは、何か困難な問題にぶつかった時に、多くの人は解決に向けて「傾向と対策」は行うが、「物事の本質」を見抜く力を養おうとしない。そして、責任のとり方には、「法的責任」と「道義的責任」があるが、人が生きていくうえで大事なのは「道義的責任」の方であり、法的責任を果たすにしても、法律の上に道義を置くことが大事であるといわれていました。また、中小零細企業の経営は、漕ぐのをやめると倒れてしまう「自転車操業」をしているようなものだが、これを、楽しみながら漕ぎ続け、男の生き方としては、必要なときに見栄を張り、子供の目線ではなく子供が憧れる様な大人を目指し、「大人の財布と背中」を見せることが大切であると言われていました。

日頃は質素な生活をし、楽しむときには大いに楽しむ。そして、周りの人に迷惑をかけずに、相手に対する思いやりを持って生きるということが大切だということなのだと思いました。そして、司法書士としても、紛争を解決する道具としての法律は、どちらかに手痛い傷を与えることが多くありますが、これをできるだけ調停やADR(裁判外紛争解決手続)を利用した話し合いによる解決を行い、お互いの心を通わせることが大切であると思いました。実務の中で実践していきたいと思います。

それでは、今月号も宜しくお願いします。

(代表社員 大島 隆広)

賃貸借契約

今回は、前回ご紹介しました敷金が、賃借人の負担する原状回復義務との関係でどのような意味を持つのかについて、具体例を通してその取り扱いをご紹介します。

  1. 敷金から差引かれる原状回復義務のための費用とは、借りた当時の状態に戻すための費用ではなく、賃借人の故意過失(不注意)により建物を傷付けたり汚したりした場合など、借主の使用の仕方が悪くて生じた建物の劣化等(これは「特別損耗」と呼ばれています。)を修繕するための費用に限られています。
    一方、時の経過によって建物に生ずる損耗(経年変化・劣化や耐用年数到来など)や、社会通念上通常の使用によって生ずる損耗(「通常損耗」と呼ばれています。)の修復に必要な費用は、賃貸人が負担するものと考えられています。これは、経年劣化等の価値減少や通常損耗の修繕費用は賃料の中に含まれていると考えられるからです。
  2. 以上のように、通常損耗等と特別損耗等とに区別は可能なのですが、その判断基準そのものを明確に定義することは困難です。そこで、国土交通省住宅局の『「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の概要』及び東京都都市整備局の『賃貸住宅紛争防止条例&賃貸住宅トラブル防止ガイドライン』を参考にご説明致します。
     

    1. 国交省ガイドラインでは、建物の損耗について一般的な事例を次のように区分して、賃貸人と賃借人の負担の考え方を明確にしています。このうち、B及びA(+B)については、原状回復義務が発生し、賃借人が負担すべき費用の検討が必要になるとしています。
      A: 賃借人が通常の住まい方、使い方をしても、発生すると考えられるもの
      B: 賃借人の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりするものと考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とはいえないもの)
      A(+B): 基本的はAであるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生又は拡大したと考えられるもの
      A(+G): 建物価値の減少の区分としてはAに該当するものの、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
    2. また、国交省のガイドラインでは、前記BやA(+B)の場合であっても、経年変化や通常損耗の分については、賃料の支払や当事者間の公平な負担を考慮し、賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させるのが適当であることや、原状回復は可能な限り毀損部分に限定し、毀損部分の補修工事が可能な最低限度の施工を基本とすべきであることも定められています。
    3. 東京都ガイドラインでは、建物の具体的設備毎に賃貸人と賃借人の負担区分を解説しています。但し、この負担区分はあくまで一般的な例示であり、損耗等の程度によっては異なる場合があります。以下、よく問題となる設備についてご紹介致します。
       

      1. 風呂・トイレ、洗面台の水垢、カビ等で使用期間中の清掃や手入れを怠った結果、汚損が生じた場合 = 賃借人の負担
      2. トイレの消毒、台所の消毒 = 賃貸人の負担
      3. 日照など自然現象による壁(クロス)の変色 = 賃貸人の負担
      4. タバコのヤニによる変色で、クリーニングで除去できる程度のもの = 通常損耗のため、賃貸人の負担。クリーニングで除去できない程度のものは賃借人の負担
      5. 下地のボードの張替えは不要な程度の画鋲、ピン等の穴 = 通常損耗のため、賃貸人の負担。ボードの張替えが必要な程度であれば、賃借人の負担
      6. 畳 = 特に破損等していないが、次の入居者確保のため行なうものは賃貸人の負担
      7. 家具の設置による床、カーペットのへこみ・設置跡 = 通常損耗のため、賃貸人の負担。
      8. キャスター付のイス等によるフローリング床の傷やへこみ = 賃借人の負担
  3. 原状回復に関するトラブルを未然に防止するために
    原状回復の問題は、賃貸借契約の退去時の問題と捉えがちですが、これを入居時から始まる問題でもあると捉え直す必要があります。すなわち、入居時及び退去時に、賃貸人及び賃借人双方が立会い、点検項目を細かく定めた賃貸物件の状況のチェックリストを作成したり、写真を撮るなどして、賃貸物件状況を明確にしておけば、当事者間の話合いにより、原状回復に関するトラブルを円満に解決することが可能になります。また、不動産屋からの事前説明を受ける際、原状回復に関する契約内容が原則どおりなのかどうか、どのような特約があるのかをきちんと確認することが肝心のようです。
  4. (清水事務所)

判例紹介

敷金返還請求権の発生時期について

最高裁判所 昭和49年9月2日 判決
(昭和48年(オ)第30号:家屋明渡請求事件)

事案の概要

Y(被告、被控訴人、上告人)とAとの間でA所有の本件建物(なお、Bを抵当権者とする根抵当権を設定されていた。)の一部について賃貸借契約を締結した。その際に、YはAに対して敷金800万円を支払っていた。その後、根抵当権が実行され、X(原告、控訴人、被上告人)が競落した。

XはYに対して建物の明渡を求めて訴訟を提起した。

しかし、Yは敷金の返還をまだ受けていないから、敷金の返還を受けるまで明渡しはしないと反論した。

1審ではY勝訴、原審ではX勝訴。そこで、Yが上告した。

判決の内容

上告棄却。

「賃貸借における敷金は、賃貸借の終了後家屋明渡義務の履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのある一切の債権を担保するものであり、賃貸人は、賃貸借終了後家屋の明渡がされた時においてそれまでに生じた右被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するものと解すべきものである・・・。そして、敷金契約は・・・賃貸借契約に付随するものではあるが、賃貸借契約そのものではないから、賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、一個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものとすることはできず、また、両債務の間には著しい価値の差が存しうることからしても、両債務を相対立させてその間に同時履行の関係を認めることは、必ずしも公平の原則に合致するものとはいいがたいのである。・・・賃貸人は、特別の約定のないかぎり、賃借人から家屋明渡を受けた後に前記の敷金残額を返還すれば足りるものと解すべく、したがって、家屋明渡債務と敷金返還債務とは同時履行の関係にたつものではないと解する・・・。」

したがって、賃貸人は賃借人に対し賃借物の明け渡しを請求した場合、賃借人は敷金返還との同時履行を抗弁として主張することはできない。

解説

判決でも述べられているとおり、敷金返還請求権の発生時期は、建物明渡時に発生することになります。つまり、賃借人は、賃借物を明け渡した後に初めて、敷金の残額を返還請求することができる、ということになります。

敷金と建物そのものの価値には、著しい価値の差があるので、敷金返還請求権と建物明渡請求権は同時履行の関係に立たないとする本判決は妥当だと思います。

しかし、そうすると、賃借人は建物を明け渡したが、敷金が返還されないという状況も考えられます。このようなトラブルを避けるためにも、賃貸人と賃借人との間で、信頼関係を築いておくことが重要だと思います。

(清水事務所)

コラム

「贈り物」

連休中、祖父母の家に帰省した際、今月9日は母の日なので花を贈ろうということになり、あじさいを買って行きました。あじさいといえば、以前はピンク、水色の2種類くらいしか色がなかったように思いますが、今は、色も花の形も様々な種類のものがあり、どれもきれいで選ぶのに時間がかかってしまいました。30分ほど悩んだ結果、濃いピンクに少し白がはいったあじさいに決め、祖母も「珍しい!」と喜んでくれました。

贈り物というのは、贈られた方も贈った方も心が温かくなるように思います。母の日や誕生日など特別な日だけでなく、普段から「日頃の感謝の気持ちをこめて…」と何気なく贈り物ができたら素敵ですね。

(薄場事務所 小川 梓)

司法書士日記

~当法人の司法書士が、趣味の話や最近の出来事など、ざっくばらんに書いていきます~

私は、熊本経営研究会という団体に所属しています。異業種の経営者の集まりで、経営に関することをさまざまな角度から学ばさせていただいています。経営研究会は全国組織となっており毎年全国大会をしているのですが、今年は熊本が担当になりました。

1年間かけて壮大なテーマで練り上げた企画は、どれも素晴らしいものばかりでした。その過程では、喧々諤々の会議でなかなか決まらなかったり、決まったと思ったら最初からやり直すこことなったりと大変ではありましたが、最後には全員の気持ちがひとつとなって大きな力となっていきました。

本号発行の次の日、21日が全国大会本番です。会のメンバー全員で一致団結し、素晴らしい成果がでると確信しています。

(薄場事務所 司法書士 井上 勉)

お知らせ

当法人では、継続的な相談にも対応できるよう、顧問契約の締結も行っています。

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